謎めくリキュール「アマーロ」を飲む
ヨーロッパの伝統的なリキュール、アマーロには、「アマーロとそうでないもの」を分ける定義がほとんどない。しかし愛好者にはその謎めいた面がたまらない魅力に映っているようだ。
未知の酒――1杯の冒険が新たな世界の扉を開く、そんな瞬間がある。だが、その冒険相手が多彩な味わいを持つアマーロである場合、口にすると自体にいくらかの勇気を要する。クラフトカクテ ルに詳しいホアキン・シモーは言う。「アマーロは 初心者にはハードルの高い酒です。造り手がわざと難解にしているとも言えます。何しろ原料や製造工程を明かしたがらないのですから。全ては一族の秘密。トップシークレットというわけです」。 シモーは2006年にニューヨークのカクテルバー、 Death & Co.のオープンを手伝った後、同じくニューヨークのバー、Pouring Ribbonsの経営に10年間携わった。「カクテル好きはそのハードルの高さに戸惑うでしょう。しかしだからといって興味までなくす必要はありません。楽しむには少々手間がかかる、と自覚すればいいだけで」。
厳格な規定や基準によってその定義が決められているバーボンやスコッチウイスキーなどとは異なり、アマーロには分類上の定義がないに等しい。正式な定義は3つ、「苦い」「甘い」「リキュールである」──これだけだ。レストランオーナーのソザー・ ティーグいわく「苦味と甘味の成分が入っていて、 かつアルコール飲料であれば、それはアマーロと呼 べます」。ティーグが2011年にニューヨークにオープンしたバーAmor Y Amargoは、大胆にもアマーロとビターズに特化したカクテルを提供している。
イタリア語で「苦い」を意味する“ アマーロ”という名称にも、いささか語弊がある。アマーロの起源は15世紀、フランシスコ会、マリスト会、ベネディクト会などの修道士が薬草をアルコールに漬け込み、薬用酒を作ったのが始まりとされる。薬用酒は西ヨー ロッパ各地に存在したが、数世紀後にイタリア人がその魅力に気付き、嗜好品として食文化に取り入れた。その際“アマーロ”というイタリア語が、果物やハーブを使った苦味と甘味のあるリキュール、すなわちビタースイートリキュールを総称する言葉となった。当のイタリア人は、アマーロと呼べるのはイタリア産か、食後酒に指定されたビタースイートリキュールだけだと主張するが、アマーロの定義が曖昧な上に、アマーロを名乗る酒も多岐にわたっており、そうした狭義の分類は難しいのが現状だ。
アメリカでは、ミクソロジーカクテル(新たな素材や手法で作るカクテル)を入り口として、アマーロに親しむ人が増えている。名の知れたクラフトカクテルバーに行けば、さまざまなアマーロを使ったカクテルがメニューに並んでいるのを目にする。しかし家庭でアマーロ入りカクテルを作りたくとも、指定のアマーロでなければほぼ味が再現できないという、なかなか手強い酒でもある。「アマーロはいずれも数十種類の原料から造られており、強い風味があります。従って、アマーロ入りのカクテルをおいしく仕上 げるには、ベースとなるバーボンやラムとの相性よりも、アマーロとの相性の方が重要になります。何しろアマーロの中には、40種類の原料を含むものもあるほどですから」、そうシモーは言う。
要は、材料がそろわないまま家で適当に試すのはやめておけ、ということだ。レシピに載っているアマーロが手に入らないときは、それと同一のものが 見付かるまでは作るのを待った方がいい。ちなみに同じ産地のアマーロであっても、味わいが同じとは限らない。とりわけイタリア産のアマーロは、産地は近くても風味が異なることがよくある。このように謎めいた酒アマーロだが、万人の味覚に合うものも世の中には出回っている。本稿ではそうしたアマー ロを飲み手の舌のレベル別に、初級・中級・上級 の3つのグループに分けて紹介したい。食前や食後にストレートで、あるいはカクテルの味わい深い脇役として、アマーロはこの冬、寒さがいよいよ厳し くなる中でひと時の温もりを届けてくれるだろう。
初級編
アマーロ・モンテネグロ
「アマーロ・モンテネグロ」は1885年に、イタリアのボローニャで生まれた。主要な苦味成分であるゲンチアナ根をはじめ、40種類の植物が門外不出の製法で配合されており、シナモン、クローブ、スイートシトラスなどのなじみ深い風味を含んでいる。前出のレストランオーナー、ティーグは言う。「これは私にとって最高に使い勝手のいい酒で、アマーロの世界に人を引き込みたい時にいつも使うものです。まず間違いなく気に入ってもらえます。“飲めない”と突き返されたことはありませんよ」。
ボナール・ゲンチアナ=キナ
フランス南東部のシャルトルーズ山脈に自生するハーブなどが原料。酒類輸入会社のハウス・アルペンズが「スパイシーで土の香りがする食前酒」と表現するように、ドライフルーツ、アニス、フレッシュシトラス、コーラの風味が際立つ。「アルコール度数はかなり低いです。ビターな酒精強化ワインの入門編として、お薦めできるアマーロです」(シモー談)。
カンパリ
「アマーロの世界 に足を踏み入れたい なら、“ネグローニ”は 飲んでおくべきです」、 そうティーグは話す。 「ネグローニ」とは、ジンとスイートベルモットと「カンパリ」で作るクラシックなカクテルのこと。そして「カンパリ」は食前酒として有名なアマーロだ。「でもその前にまず、1杯のエスプレッソ・アメリカーノにカンパリとスイートベルモットを少量加え、それを炭酸水でごくごく薄く割ったものを試してください。この薄い炭酸割りで、舌を“カンパリ”の苦みに慣れさせるのです」。
中級編
ラマゾッティ
「ラマゾッティ」の誕生は207年前。現在市販されているアマーロとしては、最古の一つに数えられる。主な原料はビターオレンジ、カルダモン、クローブ、ミルラだが、レシピ全体では33種類の果物やハーブ、その他の植物が使われている。「コーラナッツを使ったアマーロなので、コーラの香りがやはり強いですが、ドライフルーツの風味もしっかり感じられます」(ティーグ談)。
チナール
アーティチョークを主原料とするアマーロの中では一番人気。原料から予想される通り、風味はいかにも植物らしく、土臭く、ほろ苦い。しかしそれとは裏腹に、舌にはキャラメルのような甘い余韻が残る。「トニックウォーターなどの炭酸系の飲料で割ると、この余韻がいい具合に長持ちします。というのも“チナール”は、トニックウォーターに含まれるキニーネの樹皮の香りと相性がいいのです。植物の滋味がぐっと強まり、トニックだけで割ったとは思えないほど奥深い味わいになります」(シモー談)。
イエーガーマイスター
ドイツ産のこの薬草系リキュールに関しては、過去の舌の経験は一切役に立たない。とりわけ初めての一杯が、きんきんに冷えたショットであればなおさらだ。それを口にしても、舌は苦みを感じるだけだろう。「“イエーガーマイスター”はダークで濃厚、そしてどろりとしています」とティーグは言う。「もっともこのリキュールは、アマーロとしてはかなり甘い部類に入ります。おなじみの香りをふんだんに含み、それらが重層的な風味を織りなしています。実際、主な香りの一つはグレープフルーツなのです」。
上級編
スフマト・ラバルバロ
ルバーブ(ハーブ)の一種であるショウヨウダイオウを基本原料とするアマーロ。その味わいは独特かつ複雑で、果物などの親しみのある香りが立ち上がった後、土っぽくスモーキーな深みを帯びた余韻へと変化する。また、顕著なのは砂糖漬けオレンジピールの風味で、その他に、セロリソルト、火打ち石、酢漬けのハーブ、青い苺などを感じることもある。シモーいわく「そのまま飲んでもおいしいですが、味に特徴があるのでカクテルに使うと面白い働きをします。スモーキーさがカクテルに奥行きを与えるのです」。
オパール
アイスランドでおなじみの菓子に、リコリス(甘かんぞう草)+塩味のハードグミがある。そのグミの会社が半世紀近くにわたり製造しているのが、同じリコリス風味のこのアマーロだ。「オパール」はアイスランドの国民酒「ブレニヴィン」をベースに、メンソールの風味を加えたリキュールで、海外では「慣れるのに時間が必要な味」と評されている。その味についてティーグは「歯を磨いた直後にリコリスを食べたような感じ」と表現する。「刺激と清涼感と塩気しか感じないのに、不思議とヤミツキになるのです。お上品な味でないことは確かですね」。
エリジール・ノーヴァサルス
「あらゆる味を試し尽くしたと感じている人のための酒」、そう ティーグが断言するこの辛口アマーロは、イタリア最北部で生産されている。「強烈に渋くて、口がゆがんでしまうほど苦いのが特徴です。私も初めて飲んだ時には唇が痺れました」。その味わいは木、樹皮、林床(森の地面)と表現するのが最もふさわしい。