Hiking trail at Mohonk

リゾートホテルで森林浴

健康促進やがん予防に効果があるとされる森林浴を、有名リゾートのウエルネスプログラムで楽しもう。

FRANK VIZARD

森林浴では、森の中を歩くといっても大したカロリー消費は期待できない。それどころか、できるだけゆっくり歩くことが求められる。冬以外の季節なら、ただ歩きやすい靴を選べば良い。しかし森を歩くだけなのに、終えた後はストレスレベルが下がり、気分も爽快になる。なぜだか分からないが、確かに調子が良くなるのだ。

「森林浴」という言葉は、1982年に日本の農林水産省・林りん野やちょう庁が生み出した造語だ。以来、森林が健康にもたらす効能は科学的研究の対象となり、都市の人口が増え、人々の屋内で過ごす時間が長くなるにつれ、ますます関心が高まった。次第に森林浴は世界各地に浸透。近年では一流ホテルがウエルネスプログラムのひとつとして取り入れ、人気を集めている。都会の真ん中でさえ、森林浴を売りにしているホテルがある。例えばアメリカ、ミネソタ州にあるホテル・アイヴィー:ア・ラグジュアリー・コレクション・ホテル(marriott. com)では、車で15分ほどの森に移動し、認定ガイドやインストラクターが案内する森林浴ツアーを行っている。

森林浴に関する研究は今なお進行中だが、既に多くのことが分かっている。例えばニューヨーク州環境保全省など複数の専門機関は、森に行くことで体の免疫機構が活性化すると発表。森の空気には、植物が外敵から身を守るために放出するフィトンチッドという揮発性の化合物が含まれており、これを吸い込むと、体内のNK(ナチュラルキラー)細胞が増殖、活性化するというのだ。NK細胞というのは、体内の腫瘍や、ウイルスに感染した細胞を殺してくれるリンパ球のことである。各人の体質にもよるが、例えば2泊3日の森林浴ツアーに参加すれば、NK細胞の活動を1週間から1カ月間高める効果があるという。


 現在、日本の科学者らは、特定のがんに対する森林浴の予防効果を研究中だ。放出されるフィトンチッドは木の種類によって違うため、マツ、カバノキ、カシなど、それぞれの樹木について研究が進められている。ちなみに、フィトンチッドの大切さは、なくなってみて初めて分かるものだ。例えばアオナガタマムシは、トネリコの木を食べる害虫だが、この虫の被害に遭った町では街路樹が枯れてしまっただけでなく、肺疾患や心疾患の患者が大幅に増加したという調査結果もある。

Mohonk Mountain House

森林浴には、他にも大きな効果があることが分かっている。コルチゾールやアドレナリンといったストレスホルモンの分泌を減らし、不安、うつ、怒り、意識障害、倦怠感を軽減するという効果だ。それ以外にも、血圧を下げ、エネルギーレベルを上げ、創造力を高め、睡眠の質を改善する働きもある。


ちなみに、森の中で深呼吸することだけが森林浴ではない。開業医のニーナ・スマイリーは、森の中で瞑想を行い、自然と一体となる幸福感を味わうことで、森林浴の効果は一層高まると考える。スマイリーは、ニューヨーク州ニューパルツにあるリゾートホテル、モホンク・マウンテン・ハウス(mohonk.com)が提供しているヘルスプログラムの責任者であり、同リゾートを創業し、経営している家族の一員でもある。

「ストレスは、単に習慣の問題である場合もあります」とスマイリーは言う。築151年の、歴史を感じさせる城のようなホテル棟の前には美しい氷河湖があり、その周りを上り下りの多い森の小道が囲んでいる。ホテルが提供している森林浴プログラムは、映画『スターウォーズ』で、ヨーダが若きルーク・スカイウォーカーに授けたジェダイ(銀河系を守る戦士)の訓練さながら。スマイリーはこのプログラムについて、ストレスを減らすための新しい神経伝達経路を作る作業だと説明する。その目的はヨーダと同様、次から次に課題が押し寄せる日々にあっても、心の平安を保てるようにすることだ。

よってこのプログラムでは、息を切らしながら猛スピードで湖を一周したりはしない。大切なのは、現代社会の雑事を忘れ、今ある周りの自然を感じることだ。一歩、また一歩、カタツムリのような速度で歩を進め、大地の感触を楽しむ。フィトンチッドを深く吸い込みながら、目を閉じて森のざわめきに耳を傾け、こずえを揺らす風や飛び去る鳥の音を聞くだけで十分。スマイリー式の森林浴は、例えば微妙に模様が異なる2枚の葉や、むき出しの木の根が石を抱え込むさまなど、普段、何気なく見過ごしているものを一生懸命見ることである。

At Blackberry Farm in Tennessee, forest bathing is part of an overall wellness program.

今では多くのリゾートホテルやウエルネス施設がANFT(自然・森林セラピーガイド&プログラム協会、natureandforesttherapy.org )の認定ガイド付き森林浴プログラムを提供している。一方、 韓国のように国が主導して国立森林療法センター(daslim.fowi.or.kr)を設立した国もある。取り入れ方は国や施設によって異なり、厳密に統一されているわけではない。例えばアメリカ、ペンシルバニア州のポコノ山脈にあるリゾートホテル、ザ・ロッジ・アット・ウッドロック(thelodgeatwoodloch.com)、モンタナ州のザ・ランチ・アット・ロック・クリーク(theranchatrockcreek.com)、バージニア州のプリムランド(primland.com)、そしてイギリス・湖水地方のアーマスウェイト・ホール(armathwaite-hall.com)では、包括的なスパプログラムの中に森林浴を取り入れている。アメリカ、テネシー州スモーキー山脈にあるブラックベリー・ファーム(blackberryfarm.com)も同様、耐久ハイキングなどを含む「ウエルハウス」プログラムの一環として森林浴を実施している。

一方、地元の特色を生かしたプログラムもある。例えばカナダ、ノバスコシア州のトラウト・ポイント・ロッジ(troutpoint.com)では、食材を探しながら地元の原始林を散策するツアーを提供。前出したミネソタ州のホテル・アイヴィーでは、ANFT認定ガイド、デヴィッド・モッツェンベッカーと散策した後、最近話題のノンアルコールスピリッツ「シードリップ」をベースにした特注カクテル「フォレスト」を味わう。アメリカ、アリゾナ州のローベルジュ・ド・セドナ(lauberge.com)では、地元のハーブティーを楽しむティータイムと散策のプログラムを実施(散策の様子を記したノートのお土産付き)。バーモント州のザ・ロッジ・アット・スプルース・クリーク(sprucepeak.com)では、森林浴が冬の「マインドフル・スノーシュー・ツアー」の一番の目玉となっている。ニューヨーク州のレイクプラシッドではツアー会社、アディロンダック・リバーウォーキング(adirondackriverwalking.com)経由で森林浴ガイドを手配可能。料金は案内場所やガイドの経験年数などにより異なるが、前述のモホンク・マウンテン・ハウスでプライベートツアーを手配した場合、50分で165ドルとなっている。